職業・施術屋HKRの仕事術

整体・リラクゼーションサロンで働いてきた体験や出来事を元に、カラダ(健康)や人間関係(職場・接客)についてお話します。

インターネットとの距離感。記事の読み方に注意する。

こんにちは、職業・施術屋HKRです。

 

 

いつの間にか東京オリンピックが始まっており、始まる前までは否定的な意見がネット(※主にメディアとTwitterかな)に散見されていましたが、いざ始まってみれば各アスリート達の活躍でそれなりに賑わっているようです(私はTVを10年以上所有していないので記事で追っています)。

 

 

悲観論が目立ちやすいネットの声も、いざ現実世界で積み上げてきた人たちの技量を魅せれば大半の人はやはり閉口するものです。ここらへんは素人の大喜利のような書き込みをいくら積み上げても、所詮はチリに等しい。

 

 

メディアは批判と不安を助長する記事を書いたほうがPV数が稼げるし、ネットユーザーも批判や誹謗中傷を書いたほうが「いいね👍」を2〜3個貰えて承認欲求を満たされやすいので、過剰な書き込みを続けてしまうのでしょう。過激なワードのほうが目立って点数が稼ぎやすいのでどうしてもネットの中は荒れやすく、特定のネット情報にフォーカスを当てていると、まるで外の世界はクソのように思えてしまいます。

 

 

しかし、都内在住の人間からすれば外の世界は平和そのものです。

 

 

変わっていることと言えばこのクソ暑い中でも皆がマスクをしていることと、夜20時で店が閉まることぐらいでしょうか。まわりに人も至って普通に過ごしています。この1年以上を通して、私はネットとの関わりがかなり変わったなーと実感しているので、久々にブログを書きたくなったので書いてみます。

 

 

※切り抜き動画編集に飽きてきたのもあります笑

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いつの間にか距離を置くようになったインターネット

私は職業柄、感染症については去年からずっと海外の情報から何からキチンとした情報元を見たうえで、コツコツ読んできました。匿名のどこの誰かもわからない情報や「それってあなたの感想ですよね?」みたいな感情論は省き、正しい感染症対策を忠実に守ってきたので“必要以上に”怖がってはきませんでした。しかし現実社会ではいろいろな規制があり、私自身の仕事も危うくなり、財政的に息苦しい感じは皆さんと同じように当然あった1年ではありましたねぇ⋯。

 

 

SNSを開けば「緊急事態宣言!ロックダウン!給付金!」のワードを使った大喜利で溢れており、メディアも「おっ、火種見っけ!ここにガソリン撒いたれ⛽️」と言わんばかりに連日の新規感染者速報。はじめは皆への注意喚起の声としての役割を果たしていると思っていましたが、一人でも増えたら「過去最多」。ついには「〇曜日 過去最多」の文字を見始めてから「あっ、コレ不安を煽るためのプロパガンダか🤭」と思い、だんだん“そっ閉じ”するようになりました。

 

 

それでもやはりネットは見てしまうもので、開けばそこには悲観論や政府や芸能人への誹謗中傷、マスク警察なる〇〇が流行ったこともあって(警察じゃなくてただのお節介だと思う)ネットの中は荒みきっていましたが、外の世界はだんだんとコロナに慣れてきている雰囲気が出てきており、その辺りから段々と考えるようになってきました。

 

 

「ネットって、いつからこんなつまらないものになったんだっけ?」_と。

 

 

もちろん全てがつまらないわけではありません。YouTubeをはじめとした良質な動画サービスや電子書籍という便利なモノ、そして論文など貴重な情報が英語翻訳を一瞬で行った状態で読めるなど、冷静に見ればスゲエ時代に生きてるなーと感動することも少なくありません。そういう便利&楽しいことに使っている分には良いのですが、テレビを持っていない私はとりあえずニュースはネットから見ます。Yahoo!ニュースやスマートニュース等、ザッピング(テレビじゃないけど)しているとほとんどのニュースの見出しはネガティヴなものばかり。

 

 

記事の内容を「事実」と「ライターの感想」を分けてみる能力がないとそりゃあ皆トゲトゲしくもなりますよね。

 

 

とりあえず海外の科学系の記事(論文)や信頼のおけるライターの記事から情報を得るようにして自分のできることだけに注力していった結果、私の中では「コロナ禍」というストレスはほぼ消失しました。客商売をしていると話題がコロナになったりもしますが、ネットの中ほど荒々しい感情を吐き出す人はいないです。内心はどう思っているかはさておき、現実とネットの世界はやはり乖離しているなぁというのがこの1年で感じていることです。

 

 

いつの間に錯覚していたのか?

誇張された感想が飛び交い、過激なワードで感情を露わにするネット世界。いつから“世間”はこんなに醜いものになったのだろうか⋯?

 

そんなことをふと考えた時に「いや、待てよ」とセルフつっこみを入れました。

 

 

「いつから私は“ネット=世間の声”だと思っていたのか?」

 

  

10代・20代の人は知らないかもしれませんが、インターネット初期の世間のネットのイメージは“根暗、オタク”といったごく少数のアングラな人たちしか扱わないものと思われていました。SNSはおろかスマホもない時代だったので、くそ高いパソコンを持ち、複雑な回線に繋いでしかもそれを遊びに使おうとする人間はそんなに多くはなかったと思います(ここらへんはテキトーに記憶を辿っています)。2ちゃんねるmixi等、掲示板で書かれているものなどは便所の落書きであり、読むに値しない底辺の俗物が書くものだと世間は見向きもしませんでした。当然、テレビがネットの記事を拾いあげることなんかほとんどなかったでしょう。

 

 

それがいつしかスマホが普及してSNSという便利なツールがバラまかれ、テレビの力も落ちこんできた時に(おそらくは簡単にネタを仕入れられるということで)ニュースや番組でネットのコンテンツを拾いあげるようになってきました。そのあたりからでしょう、「ネット炎上」「批判殺到」などのネタが当たり前のように扱われるようになったのは。

 

 

ほんの数年前まではネットで(事件でもない限り)何が起ころうが広がることのなかった些細なものが大々的に扱われ、まるで一大事のようにとらわれるようになっていきました。私自身麻痺していたことでもありますが、“炎上・批判殺到=指摘する側”がいつも“正しい指摘”のように扱われていることに違和感を覚えてきます(のちに炎上を起こすユーザーというのは全体の1%以下でしかない研究などがあると知るのですが⋯)。

 

 

内容を知らない人からすると“炎上・非難殺到”の文字を読むと“=世間の声”だと誤解するでしょう。まあそれこそがプロのマスメディアというものですけどね。

 

 

そしてコロナ禍のネットを1年以上眺めていると、連日同じような記事を並べ続け、それに反応する大喜利メンバー(匿名のネット民)も同じような不満を並べ続ける日々。結局のところ世間と思っていたネット世界は昔と変わらないアングラのごく少数の人間が居続けていただけだった___。

 

 

そう考えるようになりました。

(そもそも殆どの人はニュースを見ないし書き込みもしませんよね)

 

 

読み方って結構大事よね

ニュースは事実だけを吸いとって、ライターの感想やコメント欄は読まないのが健全なのでしょう。そのためにはどれが事実で、どれが推測(感想)なのかを見分ける目が必要です。

 

 

記事(文章)の場合はテレビよりかは幾分能動的に情報を拾っているとはいえ、ボーッと読んでいると自分の都合の良い話だけを吸いとりかねないので、「事実/推測」を意識した読み方をしています。

 

 

最近で言うとコロナワクチンの賛否など、読んでいると媒体によっては肯定派か否定派かハッキリわかることもありますが、否定派はどんな話にも必ず全否定を貫く歪みっぷりが面白いです(まあほぼ定型化していますが)。

 

 

「人のふり見て我がふり直せ」ではありませんが、こういうネット大喜利に時間を割くヒマがあったら自分の人生を充実させる方がいいだろ。と最近はあまりネットに触れなくなってきています。15年前テレビを捨ててテレビ離れをした時と同様にネット離れが進んでいます。(タブレットは捨てないけど)

 

 

まあリアル世界が早く解放されることを願うばかりです。

 

 

余談

まあデルタ株に移り変わってからは明らかに今までとは違ってきているので、我先にとワクチンを奪い合う日もそう遠くはないのかな~と予想しています(数は用意しているそうですけどね)。

 

 

私は2025年(約4年後)の大阪万博のときもコロナ禍が続くと考えていましたが、最近はもっとかかるかも⋯と思い始めています。私の素人予想が大きく外れることを祈るばかりですわ。